剣道具師の思い出話「剣道具について」

 よく剣道具を防具ということがあります。私もこの職に就くまでそのように言っていました。
 私の師匠は「防具」という言い方はしませんでした。そのため自然に私も防具とは言わず剣道具と言うようになりました。師匠に防具と呼ばない理由を訊いてみると、「剣士が身に着ける着装具を防具というのはよくない」と言われ、なんとなく分かるような気がした覚えがあります。
 昔の武将が身に着ける兜から連想すると,多くの兵の先頭に立つ者の道具は守りの為の防具という意味合いばかりではなく、配下の者たちを奮い立たせる意味から、実用ばかりではない装具であったと私なりに理解しています。

 私たち職人は師匠のことを「親方」と呼びます。親方は明治生まれで東京神田の剣道具屋で修行後、大正15年に千葉市に独立開業しました。東京神田の剣道具屋の屋号は「竹屋 たけや」といいます。竹屋の親方は「中富藤吉 なかとみとうきち」という方で、その一番弟子が私の親方「高橋金次郎 たかはしきんじろう」です。

 竹屋には高野佐三郎先生(昭和初期剣道界の第一人者)もよく来られたと聞きました。高野先生とは親しくしていただき、先生の希望、道具の改良点などをうかがって剣道具を製作していたそうです。ですから、私どもの剣道具は高野先生の剣道具へのこだわりが活かされていると思っています。
 剣道具は「使いよいこと、丈夫であること、できるだけ軽く見栄えがよいこと」。この条件を満たすのに最低限必要なのは技術と材料だと考えています。

 剣道具は面、甲手、胴、垂の4点です。次回から各道具について書きたいと思います。